ESSAY

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 文章っていうものは、日々変わっていくものだな、と思います。
 
 て言うか、まぁ、「文章に対する感じ方」が変わっていく、と言いたいんですけど。昔の自分の文章を読んでこっぱずかしいのは、もちろん当時が拙かったから、ということもあるでしょうけど、それだけじゃないですよね?
 文章がきちっとできている人は、ある意味、文章に対する価値観も明確なので、こういう問題は起こらないんじゃないかな、と思います。しかし僕の場合、いつも借り物の文章のようなもの。もちろん個性は存在すると思っていますけど、表面的な文章の印象は、それこそ直前に読んでいた小説のスタイルに左右されたりすることが珍しくありません。そんでもって、ついこの間まで好きな小説家が最近はさほど好きでもない、ということはよくあることなので、当然それに影響されていたはずの昔の文章が恥ずかしくなってしまったりするのです。執筆しているその時には、一応、自分に表現しうる最高のものを書いているつもりなんですけどね......。
 
 それは文章全体の印象の話だけではなく、些細な表現にもあたります。
 僕はこのサイトを持って連載を始めるちょっと前まで、顔文字が嫌いでした。
 なんとなく、軽薄な感じがしたんですよね。会社の先輩や同僚が私信のメールに顔文字を使っているのを見て、思わず顔をしかめるような若さもありました。でも、今は全然平気......というか、要所ではむしろ好んで使っている感じ(^^; たぶん、チャットに入り浸っていた時期があったせいでしょうけどね。あの短い文章で、しかもレスポンス素早く返事をするには最適なんですよね。イメージも柔らかくなって、とかくキツくなりがちな文章でのコミュニケーションも良好になりますし。
 最近(というほどでもないか)使われていることをよく目にする「w」という笑いの表現、これも出始めは理解できませんでした。(笑)にしろ(^^)にしろ笑っているのは分かるけど、「w」で笑えってのは無理だろう! と思ってたんですけど......慣れちゃいましたね~。読むぶんには、向こうが笑いの意志を示しているのを感じられるようになり、あまり違和感を覚えなくなりました。自分では使いませんけど。
 それに対して、ず~っと昔からある、英語圏の顔文字「:-)」はいまだにダメですね~。横倒しになっている時点で、どうしてもパッと「表情」に見えない。頭の中で変換しないと分かんないです。「:-P」なんてもっとダメ。何を言いたいのかよく理解できません。ニュアンスは分からんでも無いんですけど......(考えさえすれば)。
 
 でも、来年の今ごろは、「:-)」使いまくっている、という可能性も無いとは言えません。顔文字も使うようになっちゃいましたからね、なにか機会さえあれば......。本当、文章って難しいな、と思います。
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